「マヤちゃん、紹介するね。僕のお友達のヒコルだよ」
そう言って知り合いのヤタさんが紹介したのは、私の大嫌いな格闘タイプのひとだった。
「ヒコル、僕の知り合いのマヤちゃん。仲よくしてあげてね」
にっこりと笑って話を進めるヤタさん。
私にとっては笑えない問題だ。
格闘タイプは苦手っていうの知ってるはずなのに。
ちら、と相手を見たら、ぱち、と目が合った。
けれど怖くてすぐに目をそらした。
「ヤター、今からナギサ行くって、飛ぶ準備しなさいよね!」
「あ、うんわかったー…こほっ…ちょっと僕用事あるから、帰ってくるまで二人で何か話して待っててー」
「え、おいお前っ…」
「あ…あの」
それじゃあね、と言って、ヤタさんはクルミちゃんのあとを追って行ってしまった。
突如、二人きり。
「……」
「……」
沈黙が痛い。
というより、このひとと一緒にいるのが怖い。
何かされるんじゃないだろうか。
そう思うともう相手の顔なんて見れなかった。
「何なんだよあいつ……」
ぶつぶつ言って近づいてくる。
怖くて足がすくんで動かない。
体が震える。のどを圧迫されるような感じがして声が出せない。
「…まぁ、そんなわけで…オレはヒコル。よろしくな」
そう言って手を出してくる。
その手がどこへ向かうのか、怖い。
たたかれるのかな、きっと立ち上がれなくなるくらいたたかれるんだ。
意識がなくなるまでたたかれるんだ。
今でも忘れられない、あの日のように。
怖い、怖い、怖い、怖い――。
「――っ何でも、するから……た…たたかないで……っ!!!!」
出ない声を振り絞って、手で頭をかばうようにして私は言った。
ぎゅっと目をつぶって、どんなに痛くても耐えられるように。
はめてる白い手袋は、人を傷つけないためじゃなくて自分を守るためなんだ。
けれど、いつまでたっても痛い感じはしなくて。
おずおずと目を開いて顔を上げると、そこには少し驚いた表情できょとんとしていた彼の姿があった。
彼の行き場のない手は、私の目線を越えて。
「……たたかねーよ」
そう言って、ぽんぽんと私の頭を帽子の上から撫でてきた。
「ご、ごめ、なさ…」
「ごめんでもねーし」
はぁ、とため息をつく。
そのため息がやっぱり怖くて少しびくっとした。
「つーかお前……」
撫でた手を離して、彼は言う。
「すんげー眠そうじゃねーか」
「……?」
確かに、私は夜行性だから昼間は眠いけれど。
「あいつ帰ってくるまで何もすることねーし、寝て待ってよーぜ」
「…え」
「あの木の下、涼しくて寝るのに最適で…お前も来いよ」
彼はさっさと行ってしまう。
「あ、えと…」
私はついていくしかなかった。
歩幅がせまい私は追い付くまでに少し時間がかかった。
着いた場所は木陰がいい具合に涼しくて、風通しがいい場所だった。
「な、涼しいだろ?」
ふぁ、とあくび一つ、その直後に彼は寝てしまう。
「あ、あの…」
「……」
私の声が小さかったのか、それとも聞きたくなかったのか、本当に寝てしまったのかはわからないが、反応はない。
ヤタさんのお友達さんだから、そのまま逃げるわけにもいかないし、どうしようもなかった。
仕方なく少し距離を置いて私も座ってみた。
風が涼しい。
時折入る日差しもぽかぽかしている。
そのままうとうとして、寝てしまった。
「けほっ…ごめんね、いきなり席外して――って」
黒い帽子の仲人は、大きな木の下で寝ている親友と知り合いを見て言う。
「やっぱり僕の思ったとおり、仲良くなれそうだね」
満足そうにして黒い帽子の仲人は微笑んだ。
しかし、そののちこのことを後悔することになるとは、彼は知る由もなかった――。
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